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フラフラな足を叱咤して、マスターに言われた場所へと移動する。夜中の深夜で人通りの無い裏路地。ホームレスが魚の腐った眼で俺のザックを眺めている。
待ち合わせの場所に立ち、マスターから渡された携帯電話を掛けた。数回のコール。程なくして、背後から俺の掛けている電話と着信音が響く。
汚い裏路地を振り返ると深夜を着こなすように、そいつは立っていた。ツギハギだらけの顔面に継ぎ足したように皮膚の色が合わない、身体中のパーツ。だが、携帯電話を片手に持ち、こちらへと向かう足取りは怖ろしいほど足音を感じさせない。
だが、何が俺を震えさせたかといえば―――――――そいつはまだ一五ほどの娘っ子だったことだ。別れた女房が連れて行った俺の娘とそう変わらない。左右色違いのオッドアイをゆっくりと俺の眼と合わせる。身長差のためか、俺を見上げる容だ。だが、少女の瞳は俺を見下げ果てている。
スティッチレザーを素肌から着込み、胸から腹にもツギハギだった。膨らみきれていない乳房すらもツギハギで痛々しい。
「お前? 死にたいのか?」
俺の住んでいる世界では日常的なセリフだ。日常的な決め台詞――――――――――なのに、生まれて初めて聞いた言葉のようだ。
淡い左目の瞳孔が開く。
「仲介屋も無しで、ノコノコと出てくるとはな?」
「俺は情報屋だ。仲介屋と依頼人の兼用だ」
「なるほど。ドジ踏んだわけか」
ハァンと、短く嘲笑う少女。俺は堪らず、「君が殺し屋なのか?」俺は恐る恐る問う。
「本当にリボルバー・フリークスか?」
殺し屋の中で、最も偏執的に時代遅れのリボルバーで最も殺傷し、一匹狼の殺し屋。殺し屋の中の殺し屋。
「男だって噂には訊いていたが……………?」
緊張のせいで口が上手く動かない。
「性転換手術しただけだ」
短く笑い、冗句を言う。だが、それ以上訊くようなら殺ると―――――そんな意思を感じさせる眼が見上げていた。
「では? 仕事の内容を聞こう。でぇ? 誰を殺りたい?」
この少女の言葉一つ一つが、背筋をうすら寒くさせる。
俺の居た世界はぬるま湯で、汚泥だ。石を退けたら蛆虫たちが、小さな弱肉強食の世界だ。こいつの住んでる世界は天上だ。殺し屋として頂点を越えている。
人を殺るために生まれた、生粋の殺し屋が目の前に居るだけで、俺の膀胱は破裂して漏らしちまいそうだ。
「それともまずは、あいつ等を殺れば良いのか」
言われて俺は怪訝なツラだっただろう。顎でしゃくる死神は嘲笑い―――――俺を見下げていた。振り返り―――――雑貨ビルの屋上には黒いスーツを着込んだ四人の男。そして中央には白衣を着て、右手には麻酔薬の透明な液体が並々と入った注射器。左手にはバカデカい昆虫採集に使うピンを持っていた。
いかにも殺りに来たと解る―――――俺を処理し、ついでに殺人映画の撮影まで兼ねているようだ。マクドゥエル・ファミリーのお抱え虐殺家。名前は確か…………自称Dr.マクレガー。この自称ってのが味噌だ。こいつは昆虫採集。虫けらを張り付けにするのが芸術と考える虐殺家だ。
五人は雑貨ビルの屋上から、何気なく足を出し―――――無音のまま俺達と同じアスファルトに着地した。まるで映画だ。まるで悪夢だ。
「今回の仕事は、ヘタれな情報屋を捕るっていう―――――何時に増してつまらない仕事だったけど…………」
その下卑た変態の眼が、俺の後ろにいる少女を舐る様に見ていた。
「君―――――良いよ。とても良い。レアだよ。良いのかな? 良いのかな? 彼女も一緒に捕って良いのかな? ぼくは構わないよ。イツでも準備はO.Kさ」
鼻の穴を開き、息も荒い。マクレガーの股間はテントをはっていた。声音も切羽詰っている。
死神が眼を細める。鼻を鳴らして、歩を進める。俺の横を通り過ぎる際、ツギハギの死神が唇を開いた。
「外道が…………」
「あぁ………あぁぁぁあ! 声もSexyよ。華奢な身体―――――色違いのオッドアイ、その肌の色違い。全てが芸術だよ。あぁ………早く、早く、君をぼくの物にしたいよぉ!」
血走る眼で自分のいきり立ったテントを見せ付けるように、身体を仰け反らせている。完璧に変態れている。
「能書きは存分に垂れたか?」
死神の声は静かだ。だが、そこが不気味だ。
「なら俺の名前を命で刻め。俺の名前はリボルバー・フリークス―――――」
名乗り上げた直後だ。死神の懐から携帯電話が鳴り響く。
一泊の間を置き、深々と溜息を吐きながら携帯電話を取り出した。
「何だよ?」
電話越しの人物に対し、ゲンナリするような―――――だが、ここで初めて死神に人間性が表情に浮かぶ。
「…………解ったよ。二度も言うな」
苦々しい顔で頷くと、携帯電話を戻した。
「訂正だ」
溜息を吐いた。
「俺の名前はユプシロン・ピスキウム―――――この名を命に刻め」
今度は投げ槍に名乗った。学の無い俺でも聞き覚えがある。確か―――――星の名前だ。死神に似合わない感性だ。そして、死神も自覚があるのか、先ほどと比べて、テンションが低い。
「ユプシロンか…………ますます楽しみだ。楽しみだよ。あぁ〜早く君を僕のコレクションに加えたい。少しだけ待っててくれるかな? 待っててね? すぐに仕事を終わらせてしまうから」
「もう黙れ。外道」
死神のゲンナリさは解る。俺もこいつの変態っぷりには呆れて何も言えない。
「それじゃ! 皆さん! よろしく!」